ワンポイント・コラム
−あがた森魚 赤色エレジー−



あがた森魚というミュージシャンを世に知らしめた唄でもあり、 残念ながらあがた森魚の唯一のヒット曲でもあります。
当時はまだフォークシンガーがTVに出演しない時代でしたが、 あがた森魚は音楽番組にとどまらず、 ワイドショーであろうとニコニコしながら出演し、この唄を歌っていました。
また、常にジーパンにゲタ履きというスタイルでTV出演しており、 「フォークシンガーはジーパンにゲタ履き」 という変な世間のイメージも作られてしまいました。
そういえば、中村雅俊が「ふれあい」という唄を歌っていた時、 やっぱりよくゲタ履きでTVに出て、「これしか持っていないんですよ...」 なんて言っていましたが、TVを見ていた私は子供ながらに、 「そんなことは絶対にないな!」と思ったものです。
しかし、あがた森魚の場合は「本当にゲタしか持っていないんだろうなあ..」 と思ったものです...(笑)

この唄は大正ロマンをテーマとしており、 その後の一連のアルバムも同じ様なコンセプトで作られていましたが、 一部の熱狂的なファン以外にはあまり支持されませんでした。

さてこの「赤色エレジー」ですが、レコードのクレジット上は 「あがた森魚+蜂蜜ぱい」となっています。 実際、レコーディングでのバックミュージシャンは蜂蜜ぱいのメンバーです。
蜂蜜ぱいといえば後のムーンライダースの前身となったバンドですが、 この蜂蜜ぱいとあがた森魚との関係については蜂蜜ぱいのアルバム 「センチメンタル通り」のライナーノーツに詳しく書かれています。 以下その抜粋です。
蜂蜜ぱいの起源は、1970年にあがた森魚と鈴木慶一の2人を中心に結成された 「あがた精神病院(または、”あがた癲狂院”あるいは、”アンクサアカス”) まで遡ることができます。このバンドは同年後半にビートルズのハニー・パイをもじって、 「蜂蜜ぱい」を名乗る様になりました。 このころはまだメンバーも流動的で、バンドとしての活動も本格的ではありませんでした。 1971年になるとあがた森魚はソロシンガーとして自立し始め、 蜂蜜ぱいはあがた森魚を除いて独自の活動を展開するようになりました。