ワンポイント・コラム
−甲斐バンド HERO−
ヒーローになる時、それは今

この曲は’78年12月にSEIKOのCMとのタイアップという形で発売され、 大ヒットとなったことはみなさんもご存じの通りですが、 ジャケットの写真も当時SEIKOのCMで使われていたものと同じものであり、 CMとのタイアップが全面に打ち出された作りとなっています。

70年代後半には既に「CMとのタイアップ」イコール「売れる」 という図式が出来上がりつつありましたが、 ミディアムテンポの8ビートに骨太のメロディーラインそしてキャッチー なコピーといった具合に、 CMとのタイアップが無くても十分売れるだけの要素を持った曲だったと思います。

いずれにせよ、 それまでもいくつかのヒット曲を放ちそれなりの固定ファンを獲得していた甲斐バンドですが、 この「HERO」のヒットによりまさしく時代のヒーローとなり、 名実共にビッグバンドの仲間入りをしたと言えます。

甲斐バンドはご存じの通り、甲斐よしひろを中心に結成されたバンドですが、 デビューのきっかけは’74年にまでさかのぼります。 ’74年3月、甲斐よしひろが「ポップコーンをほうばって」でハッピー・ フォークコンテストでの優勝を果たし、 デビューに向け、同年5月に結成されたのが甲斐バンドです。

この「HERO」のヒットの直後、’79年6月に長岡和弘(ベース)が脱退し、 しばらく3人で活動を続けた甲斐バンドですが、 ’84年6月にそれまでゲストプレーヤーであった元ARBの田中一郎(ギター) が加入しました。 そして’86年3月にはメンバーの大森信和(ギター) の耳の不調によりバンドは解散しています。

この曲が売れていた当時、甲斐バンドも他のミュージシャン同様にTV出演を拒んでいましたが、 一度だけベストテン番組に出演したことがあります。しかし、 その時に甲斐よしひろがウイスキーの水割りを片手に唄ったということで、 後にマスコミから非難を受けるというおまけまでついてしまいました。

甲斐バンド自体は決してテクニカルなバンドではありませんでしたが、 その楽曲と甲斐よしひろのボーカルは非常に魅力的なものでした。 また、スタジオ録音よりもライブでその実力を発揮したバンドであったと思います。
バンド自体はロックバンドの形態をとってはいたものの、 甲斐よしひろ自身がアマチュア時代にURC系アーティストの曲を良く聴いていたこともあり、 初期の作品には我々フォークファンにも共鳴できる等身大の唄が多かったと思います。